初めてのレザーブルゾンだ。
男はそれを手に取った時に「これだ」と思ったらしく、エラく気に入った様子だった。
しかし、黒だとどうにも照れくさくニヤニヤ笑ってしまいそうになるからと茶色と迷っていたようだが店員の「黒の方が良いですね」の一言に負けた。負けたというか賭けたという方が正しいのかもしれない。何せ、初めてそういった革の服を買うのだから自分というものをどれだけ信用したら良いのかというのが分からないからだ。
彼は元来褒められると弱い人間であった。そのことは自身が重々知っている。だからこそ「褒められた」という事実に乗ることにしたのだ。「褒められても敢えて茶色を通す自分」という考え方こそ自分らしくないという、理屈をこねくり回したような判断は今思い返せばとても正しいと感じている。家に帰りクローゼットを開け放つとそこには黒のアウターが無かったからだ。
早速近所のスーパーに買い物に行く時にそれを着て出た男は何となくトレインスポッティングという映画を思い出した。その中に革ジャンを着た人物がいたのかは定かではないが、映画の誰かになったような気がして嬉しそうに街を歩いた。
そして今日、何となく革靴の黒にも色んな黒があることを思い出したそうだ。
黒の種類もそうであるが、それよりも革の種類が黒という色をどう表すのかが気になったようで、山羊の革の滑らかさがもたらす黒はどこか軽快さがあるなと勝手に思ったらしい。
雨の中それを着た男は真冬もこれが着れたら楽しいなと嬉しそうに駅のICカード改札の読み取り部分をポンッと景気よくタッチして帰路についた。