「田宮模型の仕事」を読んだ。
社長の田宮俊作氏が創業当時から今までを振り返る形で進む本で、どういった経緯でプラモデルを作るようになったのかやミニ四駆ブームなどを題材にした読んでいて非常に心温まる本だ。
この本を読んでいると胸がいっぱいになるエピソードがいくつもあるので「心温まる」と書いたが後半に向かうに連れてその胸がいっぱいになる理由がわかってくる。
それは「好きなことはあきらめない」ということだと感じた。
最初の方はメンバーも揃わず、会社もなんとかやりくりして……という形で話が多くその時々の人情話が良いなぁと思って読み進めていたが次第に(きっと博物館で写真を撮りまくるところからだろう)、好きなことに真剣で、そして諦めない姿勢に引っ張られていく。
特に「静かなRCカーを作った元経理課の男」のエピソードはそれを如実に感じさせる。その男は休み時間にはリモコン片手に飛行機を飛ばし、車を走らせる生粋の模型好きだが最初は経理にいたという。
そんな彼は作業日報に「企画設計希望」と書くようになる。それを毎日毎日やるものだから著者が「やめてくれ」というもまだ書く。書き続ける。
根負けして面接をして「設計図が描くないのではないか?」と問うと「確かに設計図は描けない。だからまずは木型課へ行かせてくれ。そこで設計図の知識は付ける」という今風に言えばまさかの上から目線の提案。
「描けませんが、頑張ります」でもなければ「描けるように実は練習しています」でもない。それが良い。
この本は少し構成が凝っていて途中でインタビューなどが引用されるのだがここにもその引用があって「プラモデルの会社にいるのにこういうことを言うのは良くないかもしれないがプラモデルは小学生で飽きた、中学生からは自作をしていた。経理でもタミヤに入れば何とかなると思ったが異動することが難しかったから直談判した」といった旨の記述がある。
この男は「プラモデルは作り飽きたし、自作をしてきた」
と大きな自信を持っていたのだ。自信があるからこその木型課を挟んでの異動提案なのだろう。そこで結果を出す自信があったに違いない。そして何より設計をしたいという強い思いも。
そうして希望を叶えた男が昼休みに遊んでいた車の音に社長が気づく。
「音が静かだ」
と。話を聞けば自分で車を改造して電池で動くようにしているとのこと。
当時は騒音や油、そしてそもそもの取扱いの難しさでマニア向けだった商品の問題点を全て解決するものが元経理課の男の手によって遊ばれている。
この男の名は滝文人というそうだ(敬称略)。
「希望の部署にいくことはおろか結果を出せる」と思える自信が、無鉄砲で他力本願な希望とは違う本気を感じさせるし、なによりその諦めない姿勢で自分の好きを仕事に何としてでも結びつける姿勢にはえらく感銘を受けた。
全体のトーンについての話だと優しそうな文体で当時を振り返りながら書いているので読みやすいのと人、物問わず観察力が優れている著者なのだなと思わせる文章が多い。
特に後半の方である設計担当の人物評が
「製図はそんなに上手くは無かったですが、人に教えるのが上手く彼の下で育ったスタッフはたくさんいる」
という記述。
プレイヤーとしての評価とマネージャーとしての評価を分けて見ていてそれを感じているあたりは流石としか言い様がない。