Re:11colors

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タミヤのミリタリーミニチュアで完璧な段取りと踊ろう

先日、タミヤウォーバードコレクションの記事を書きましたが、その後、今年タミヤのミリタリーミニチュアが50周年らしいということを知り、そして帰りの本屋でこちらを発見。

 

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そうですね。ホビージャパン。表紙の素組み(塗装などをせず組み上げた状態のこと)の写真に圧倒されてしまい、買ってしまいました。Twitterでも回ってきていたけどやっぱりあの本の大きさにギュッと詰まったキットの数々を眺めるのは違いました。なんかこう言うのって本当に初々しいですよね。

 

散々服とか靴とかギャーギャー騒いでたくさん買ったり色々してて、そういうバーチャルと実物の差って知ってるのに、プラモデルにフィールドを移すとその知識を持っていてもリセットされて喜びを味わってしまう感じ。でもこれってこういうことなんだろうな。って思ったのはどれを作ろうかとお店に無数に並ぶプラモデルを見て悩んでいるときでした。なんかワクワクしてしまう。なんででしょうね。僕は4歳で肺炎で入院してそこで同室のお兄さんがガンプラを作ってたのを、僕は全然記憶に無いんですけど実に楽しそうに見ていたそうです。退院した後はしばらく保育園に行けないものだから、父親がそれでガンプラを買ってきた(元祖SDガンダムF91でした)。

 

これが根底にあって今までも数年間のインターバルを置いてはガンプラを作って……とやってたので、そういう色々はわかってるんですけど、でもそういうのがなくても一度作ってしまうとこういうワクワクは本当に強くなると思います。そしてそれがお店でズラーッと並ぶ箱によって刺激されてしまう。あの、均一性のある前面のパッケージが並ぶ売り場は圧倒的。明確な規則があるようで、キット名の名前のせいでそうもいかない中で一定のマナーで保たれた文字組みは美しいの一言。ルールではなくマナーによって作られた美しさ。

 

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こんな服でも靴でも知っているワクワクを想定通りに受けて、悩んで、選んで買って組み上げる。そこでもまた感動してしまうのでもう完全に踊らされています。

 

わかりやすいマニュアル。そして組み違えが起きないようにパーツのダボの配置が違うとか、形状が円柱状なのか、少しカットされた形なのか。

 

 「そこまで考えるか?」

 

というくらい考えられています。一番感動したというか「やられた」って思ったのはここです。

 

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排気管ですかね。車のことは全然わからないのでアレですが、この先端の行き先がわかるにはわかるけど「まぁ、成り行きで」なんて思って位置を合わせながら説明書を見ていたら、見慣れない矢印。

 

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「何だこの白矢印」

 

なんて思いながら手で排気管をグリグリ動かしていると「ピタッ」っと合うんですよ。一瞬頭が混乱しました。は?なんで?なんて。

 確認するために外すと、そこに小さな凹みが、単なるくぼみではなく「そにこの角度に合わせてくれ!」と言わんばかりの形状。「メッセージのあるパス」なんて言葉が球技ではありますが、ほとんどそれ。メッセージのある凹み。

 

そうやって小さな気遣いのかたまりが完璧な段取りとして存在していて、その上で自分が踊らされている感覚に襲われるのはすごい楽しいです。というのも、仕事でこういうことって無いじゃないですか。下手すると段取りがグダグダで自分で段取りを組まないといけなくて、加えて完成形も用意されたパーツでは出来上がらないことがある。

 

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だからこうやってイギリス軍の装甲四輪車を組みながら「こういう感じで仕事ってできねぇのかな」なんて思ってしまうんです。でも「完璧な段取りってなんだろう」とも思いました。

 

材料を規定のステップを踏んで成果物に上げるものって例えば料理とかもそうだと思うんですけど、カレーなんかは極論、レトルトカレーを買えばいいじゃないですか。

でも、それだと作った感動がなくて、じゃあ今度は「自宅で作れるカレーセット」みたいなスパイスとか野菜が入ったものがあったとして、いざ野菜を切るってなるとそこで「少し切れ目が入っててどこに包丁入れれば良いのかが、わかる」みたいな、まぁ実際そんなことは無いし多分料理にそういうことは求められないので無いと思うんですけど、そういう「作業中に起こるであろうトラブルをイメージした設計」っていうのがすごい高い精度でできていて、その完璧さがどこに宿るかって言うと「作ったのは俺」っていうところだと思うんですよね。作ってて「タミヤに作らされた」とは思わない。実際はめっちゃ踊らされているのに。

 

それを完璧な段取りとするなら仕事でも「成果を出したのは俺」っていう風に思わせる段取りが良いなぁって思ったりします。たまにあるじゃないですか。バチバチに縛られて「これ俺がやる意味あるのかな?」みたいな。失敗はしないけど感動はないやつです。

 

その辺の設計の線引きはどう決めてるのか、あるいは50周年の蓄積の為せる技なのかはわかりませんが、この踊らされている感覚は日常生活ではとっても不思議です。

 

そして、ホビージャパンを読んでいたら「兵隊が存在することで情景が生まれる」と書いてあって「いやいやそんなわけないでしょー」とか「俺は、機械としての軍用車両が置きたいんだ!」なんて斜に構えていましたが、いざ兵士を乗っけると

 

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「うわ、情景が生まれた!」

 なんて感動。ここまで踊らされるともう何がなんだか。

加えて一車両作り終えたあとの余力で作るには非常に簡単なのと、機械を組むのとはぜんぜん違う頭の使い方をするのでデザートにもぴったりなのが上手いところ。

 

 

熟練の達人とダンスを踊るような、そんな感覚にうっとり。それに加えて組み立てを通じて日々のいろいろなことに気付かされる、そんなタミヤのミリタリーミニチュアでした。

 

 

ホビージャパン18年11月号

ホビージャパン18年11月号