Re:11colors

だいたい木曜更新です。革靴、洋服、プラモデルなどものに触れて感じたことを書きます。文学フリマ東京に大体います。 お仕事お問い合わせは 4mens.shoes@gmail.com よろしくおねがいします。

プラモのある生活

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「プラモのある生活」というのは中々実現し難く、禁欲的な要素がいくつか出てくる。これが非常に難しく、部屋の主のセンス、というよりも理性が試されるところだ。というのも大概は一つ作るとまた一つ作りたくなるのでそれが2、3ならまだしも10も20も増えると途端に「プラモに囲まれた生活」になってしまう。

 

また、部屋に飾るというコンセプトが制作意欲に負けて揺らぐことも有る。「こうやって飾ればあれと組み合わさるから大丈夫」と制作意欲を肯定するためにコンセプトを用いてしまうとこれもまた「プラモに囲まれた生活」になりかねない。

 

加えて、プラモデルの中には兵器に属するものが多く、それはそれで幾つか並ぶとそれらが醸し出すフレーバーは客観的に見ると非常に主張が強く、なんと、これもまた「プラモに囲まれた生活」になってしまう。なんとも厄介な話だ。ハンマーを持つと全てが釘に見える。なるほど。

 

この狂乱状態が理想を達成させないとするのであればその対策は割と簡単だ。「プラモを作る前の自分」や「プラモがなかった頃の部屋」を考えてみると良い。作る前の自分は、特に私の場合は戦車や飛行機などの兵器に少なからず先入観を持っていた。車などは人生で一度たりとも興味があった試しがなかったのでもっとひどかっただろう。それらに興味関心を持って作り出したことを否定する必要はないが、そのときの部屋の様子をもう一度思い出せる程度には心に留めておいてはどうだろうか。

 

もちろん子供の頃から取り組んでいる場合はそうは行かないだろうが、広い部屋に引っ越したばかりのあの、スッキリとした感じを思い出して部屋をなんとか洗練させようとすることはあるだろう。

 

水槽の中の生態系を保つように、部屋にある様々なものと合うようにプラモを楽しむというのはそういう生活者としての自分と製作者としての自分のバランスを見ながら進む、綱渡りのような道なのかと思う。