Re:11colors

毎週水曜更新(2021年9月現在)。革靴、模型、日常。

この愛おしき小さなものたち  銘菓 ミニチュアコレクションに寄せて

ミニチュアというやつは悲しいかな、可愛いだけで、実用面ではなんの役にも立たないものが多い。ミニチュアを集めたり、作ったりしているとそういうことに割と気づく。

 

ガチャガチャを一回回した帰り道にスーパーに寄って、冷蔵庫の中から無くなっていた牛乳と卵を買うと「これでガチャガチャ一回分か」なんて思うしTシャツ一枚買うにしても「これで兵士セットのプラモデル一個分か」と思ったりする。そういうことが頭の中を過ぎる度にミニチュアというのは全く無駄なもののように感じてしまう。

 

私はミニマリストが流行るちょっと前にミニマリストであった。ほとんどの服を処分し、洗練されたアイテムだけを置いておく。洋服なんかはかなり好きだったので、ジーンズはここ、シャツはここ。とブランドを決めてダメになったら買い足すという方針を敷いたこともある。パンツは3本。シャツは11着まで減らした。漫画も本も大事なもの以外は全部捨てた。完璧だ。すっきりとした部屋は狭くとも豊かな小さな暮らしを表現していた。

 

そうしているうちに私のような生活は「ミニマリスト」だと観測され、それが嫌になったりして少しずつ、ものを増やし始めた。というか、実際のところ世の中には自分が持っているものよりも良い服はどんどん出てくるし、面白い漫画や本もどんどん出てくることがわかり始めた。贔屓にしていたブランドはもっともっと好きになるようなものを出してくる。

自分が入手するものを作っている人たちの「表現」と手を切ることは自分にはできず、それを自分の中の好奇心という動物が食べることで生活が楽しかったりすることがよくわかったのだ。

 

そこからはなるべく良いものを買おうと思うことにした。

プラモデルを作り出し、ミニチュアというものにバッチリと標準があってきたのも、この小さな精密なものたちが部屋にあることがとても美しく、豊かで、合理的ではない何かがあることの面白さというか、ニコニコしてしまう感じに気づいたからだ。

無くても良い、でもあると手に取ってみたり、ふと目が行ったときに「いいな」と思う。だから、あると良いと思う。

 

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ケンエレファントの銘菓 ミニチュアコレクションはそういった意味だと、とても静かに部屋にあるものだと思う。銘菓というのは馴染みのある存在感が売りで、それがミニチュアになっているので密やかに部屋にいるという感じだ。

そのくせ、華があるのが「銘菓」といったところだろうか。置くと少し部屋が華やかになる。銘菓がミニチュアになっているというのはその品格をそのまま凝縮したついでに可愛くなってしまったという感じで面白い。

 

ミニチュアを部屋に置くという行為はあまり合理性がない。

掃除をするときも大事にどかして、置いてある棚を掃除しないといけない。何もなければそんなことはしないで良い。むしろ、棚すらなければ掃除ロボットあたりが棚があるはずの床を綺麗にしてくれるだろう。

 

でも、きっとあなたも大事にどかして棚を掃除した後、戻す際に箱の蓋を開けて中身を見てみたり、あるいは掃除をする前はどういう配置だったか思い出してみたり、気分を変えて違う飾り方にしてしまうことだろう。

 

この瞬間の豊かさというのは、ミニチュアそのものがもたらす愛おしき小さな時間なのではないか。

 

今日、外出の帰りに上野駅構内にできたケンエレファントのガチャガチャが一同に並ぶお店で私より少し下の女性が画材のミニチュアを回していて「パレットが当たったから、絵の具も欲しい!もう一回やる」と同行の女性と話していた。

 

ミニチュアと楽しい時間を過ごすのは、やっぱりみんな気分がいいものなのだ。

 

※この記事はPR記事ではないですが、ケンエレファント様のTwitterキャンペーンに当選したのでそのお礼に書きました。カリモク60のミニチュアや、純喫茶コレクションなど心をくすぐるミニチュアを目を細めてくなるようなクオリティで発売していただきありがとうございます。

 

 

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