Re:11colors

毎週水曜更新(2021年9月現在)。革靴、模型、日常。

何がプラモを作らせるのか

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野球を中学校までやっていたのだけど、ボールを投げるのが楽しいとか­そういう根源的なものとは別に個々がおのずと自分の役割を自覚してそれにふさわしく振舞うのが面白いなと思っていた。

例えば僕はピッチャーと外野をやっていたのだけどコントロールがよかった。球はそこまで速くなかったので球速を上げようというよりはコントロールを磨こう。みたいな意識になってきてマウンドに上がるときは技巧派として振舞うし、外野に立てば、バックホームはストライク。送球に自信ありというわけ。そうすると、なんで野球が楽しいのか、というのが個人の身体にしみこんでくる。

 

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僕のことを昨年あたりから知っている人はご存じの通り、去年の9月、僕の誕生日辺りから決して小さくない問題を抱えたままだ。きっとこの問題はうまく解決しなくて、良い形では終わらないし、嫌な終わりがもう見えている(近々引っ越す。ということで察してほしい)。

 

もともと2年前に転職してすぐに適応障害のような、軽いうつ症状のようなものにかかってしまったのだが、それが治るかどうかというところで追い打ちを食らってしまった形になったので、今も通院中(かなり治ってる)。その中で作るプラモデルは、唯一「納得のある時間」だったし、今もそうだと思う。すべてが思い通りにいくわけではないけど、思い通りにいかないことにも、納得がある。生活は、今は思い通りにいかない上に納得がないことが多いけど周りの人間とかかわることなので全員が納得するというのは難しいことだと思っている。

 

プラモデルを作ることにもし、野球の楽しさを選手一人一人が自身の立場や役割をもとに見つけているようなことが、組み立てる側にあるとしたら、プラモデルはただ楽しいだけの遊びではなさそうだ。

 

ずっと前から「わーい!楽しい」というだけの状態はどうかなと思っているのは自分が置かれた境遇にあるのかもしれないし、残念ながら、映画や特撮を見て胸が熱くなったこともなく、兵器のカッコよさみたいなのもあんまりよくわかっていない。なので、出来上がったときに「おらーいけー!」と声をあげるような高揚感みたいなのは実はほとんどないのだ。ただ、兵士や美少女プラモは出来上がったときは気分が良くなる。これは特に後者に関して言えば男の本能的な部分だろう。

 

ボールを握って精一杯腕を振って、針の穴に糸を通すようなコントロールで投げる楽しみを野球で見つけたように「俺の楽しみ」をプラモデルについて書くとしたら俺にはプラモデルは作業療法に近いものを感じる時があることは間違いない。

 

あるいは、絵を描いているような気持ちになったり、モチーフそのものを実際に作っているような気にもなる。「癒し」と言ってしまったりするのは楽だけど、花に水をあげるような感じというか、何かに愛を注ぐという人間の根源的な「与えるという行為の尊さと、答えてくれる嬉しさ」みたいなのがそこにはあるのかもしれない。

 

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