Re:11colors

毎週水曜更新(2021年9月現在)。革靴、模型、日常。

デカい飛行機をワケもなく作りたいということ/ハセガワ 1/32 ドイツ空軍 フォッケウルフ Fw190D-9


デカい飛行機のプラモデルを作りたい。というのは対して理由もなく衝動的に起きることだ。

 

プラモデルという世界は接着剤と使うものと使わないもので分けられていて、例えば100回接着剤を使っても、接着剤を使わないプラモデルの楽しみはわからないし、反対もそうだ。たいていのデカい飛行機のプラモデルは、接着剤を使うプラモデル。ただ、だからといって難しいというわけでもないと思う。難しさは、接着剤の有無よりも、パーツ点数の多さや発売時期によるのではないかと思う。

 

発売時期が「新しければ新しいほど良い」というわけでもない点は説明が難しい。

というのも、新しければ新しいほど、精密な表現が技術的に可能になっているからだ。そして、技術をどう使うかはメーカーや設計者にゆだねられている。なので「高度な技術を使って、徹底的に細かくパーツを分けて精密さを目指す」ことも「高度な技術を使って、シンプルだけど組み立てる際におもしろさを感じるようにする」ことも可能なのだと思う。

 

 

この辺の製作側のジャッジは実はファッションに関わるものと似ているように感じる。マルジェラ本人がデザインしていたころの、マルタン・マルジェラだとか、プラダに買収される前のチャーチとか、ビッグEのリーバイス何かもそうだろう。

 

時計なんかはもっとそういう、技術と設計が密接な気もするけど、そういったファッション関連のものとプラモデルが違うのは「あの頃の○○」が割とたやすく手に入るところだ。しかも”復刻版”というわけでもなく、再販というのが日常的に行われる文化がある。うっかりすると自分が生まれる前のプラモデルを、そんなことは知らずに買って作って、かっこいいと思ったりする。流行っていて、人気のジャンルのプラモデルは最近は少し手に入りにくいけど、スケールモデルなどのそうではないプラモデルを作るという体験は実のところ、等しく地平が拓かれている部分があると思う。

 

 

その拓かれた地平に突っ立てみると、問題は「作ってみるか/そうではないか」それだけなんだと思う。靴を見て「高くて買えない」と思っても、一日中靴のことを考えて、一週間考えて……とやっていると気づいたら、普通に買ってしまう。

 

そんな風にひいひい言いながら買ったものはたくさんある。プラモデルよりも高い値段のものを買って、失敗したり、予想以上に好きになったりする。かと思いきや数か月たつとやっぱり嫌いになったりして、また数か月たつと好きになる。とか。発売当時に技術的にどれくらいのことが可能で、設計者が技術をどう使うのかを考えたかはわからないけど、ハセガワの1/32 フォッケウルフ FW190 Dはとても作りやすかった。それでいて、大きなスケールならではの見栄えや、各部の接続を組み立てを通じてサラッと理解できる構造も楽しかった。

 

 

デカい飛行機を訳もなく買って作ると、まぁ大抵楽しいので、まとまった休みがあればまた作りたいです。

 

これくらいデカいものを自身の手で作れるというのも、なかなかないです。目の前に「おお、デカい飛行機がいきなり目の前に出現したぞ」と楽しめるのはプラモデル固有の楽しみ。組み立てるだけでもこういうことは楽しめますし、やっぱりおかしな現象だと思います。プラモデル。たまらない趣味ですね。