Re:11colors

毎週水曜更新(2021年9月現在)。革靴、模型、日常。

心と模型

9月に転職してから狂ったように模型を作っているし、ミニカーを買ったりしている。

 

自分では仕事の反動だよなと思っていたりして、だから「模型は手順が何もかも優れているし、見どころを見せる構造にもなっていて素晴らしい」と散々思っていた。「それに比べて、今の仕事のなんと不明瞭なことか」なんて。

 


実は最近はあまりメンタルの調子が良くない。それを打ち消すために模型をやっているなということもありありと分かるようにすらなってきた。精神安定剤としての模型、何か打ち込めるものとしての模型。

 


11月頃から仕事に行く前に嘔吐するようになった。毎日、いや。平日の出社するときだけ。身体は少しずつ反応を見せている。今週からはとうとう昼飯が食べられなくなった。朝も食べないので昼はおにぎり一つ。これを書いてる今は、外部セミナーで大丈夫……と思いきやコンビニの2切れのサンドイッチを1つしか食べずに、捨てて戻ってきたところ(この後の文章はセミナーの終わりに書いている)。

 


怪しい状態の僕を妻が見かねて、そして彼女も追い詰まって(反対の立場だったらそうなるよね)僕を行政サービスのカウンセリングに連れて行ってくれた。精神科医の方と、保健師と、後1人(後で分かったが依存症から回復した人であった)。思うことを全て話して出た結果は「適応障害」という診断で、お医者さんは「治るでしょう」と話してくれて、後1人の人は「お酒などに頼ってはいけないので注意して」と自身の話をベースに話してくれた。

 


カウンセリングの途中で妻が私が模型を作っていることを話して

 


「彼はもしかすると筋道が立ってないことをやらされてるから、そういうものに触れたいと感じているのでは?」

 


と話していて、私が驚いた。

言われてみれば確かにそうだが、当人からすれば「分からないことだらけ」「その上分からないことが分かったらもっと分からないことが増えた」みたいな状態が仕事にも人にも続いているのだけど、それを妻は

 


「筋道が立っていないことをやらされている」

 


と考えていたわけだ。

模型は、そういう意味だと筋道は立っている。何が、どれくらいの速度で完成するかもわかるし出来たものは成果物として目の前に現れ、いつでも見ることができる。

模型は確かにマーケットとしてはコア層が山ほどいて、だからこそ充実したモデリングツールや魅力的なラインナップが存在している。ただ、今の私を見た妻や精神科のお医者さんの話を聞いて、模型のことや、模型を作る自分のことを見てみると模型はどうやら

 


「理想の仕事の進め方の一つ」

 


だと感じていることがよくわかる。

実物があって、それをどのように模型として設計するのか。そこに何があると良いのか、あってはいけないのか。

 


そういうことがしっかりと成果になった実施案としてキットが目の前にあって、それを組み立てて「なるほどな」と何か、実物と同じであることとは違う感動を覚えたりすること、裏に隠されたコンセプトの澱みなさを今の仕事に対する不安や不満と鏡合わせにして見ている。

 


模型は、俺にとっては遊びでありアイデアで競う場だったんだけど、今はハッキリと「これが理想の仕事の流れの一つ」と思わせてくれる素晴らしい存在だ。

 


俺を模型好きにしてくれた方々には本当にありがとうと言いたい。

 


俺は今はこういう状態で、このあとは病院にかかることを視野に入れてるんだけど、ここまでこうしていられたのは模型のおかげ。

 


何か悩んでるなら模型を作ってみても良いと思う。実物なんか興味無くて良い。とりあえず作りたいものや、作れそうなものを作る。模型自体に興味を持ってみる。なんかしんどいなら、それこそすがるように色なんか塗らないで作れば良いとすら思う。きっとあなたを(私のように)模型は助けてくれる。

 


今日は、途中書いた通りで外部セミナーに参加したのだが、そこで行った企画立案のワークショップでは「満点。ビッグアイデアがこの場で生まれたし、客観と主観の話もあるし実現まで行ってもおかしくない。素晴らしい」と元博報堂の方が仰ってくれた。

 


俺は、職場の環境が今のようでなければシルバーでもブロンズでもなくゴールドだし、そうである理由は、模型の持つ組み立てたときの澱みなさや抜けのなさが形作っている。

 

やりきれない気持ちに模型。どうだろう。