Re:11colors

だいたい木曜更新です。革靴、洋服、プラモデルなどものに触れて感じたことを書きます。文学フリマ東京に大体います。 お仕事お問い合わせは 4mens.shoes@gmail.com よろしくおねがいします。

切り離されたパーツとパーツが組み合わさって

この車が欲しかったから作る。この戦車がかっこいいから作る。俺たちはいろんな理由でプラスチックが入った箱を買い、開け、バラし、組み立てる。

 

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バラし?   そう。プラモデルは一回パーツを切り離す作業があって、組み立てる。そこに注目すると「プラモデルみたいなもんだよ」という例えは、その対象を適切に表現しているわけではないと気づく。そういうものは大体は、部品を組み立て、完成させるから。

 

俺たちは、プラモデルと自分を様々な絆で繋ぎ、それを買い、組み立て、「完成品」として形にする。完成とはなんだろうと考えると、おそらくこれは「遊び終わった」ということになるのだろうか。しかし作り終わるとこれはこれで、部屋に飾り、写真に撮ったり、相性の良いものと並べたりする。ここでもやはり遊んでいるわけだ。

 

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この辺りをどう伝えるのかというと、これは寄藤文平氏の「絵と言葉の一研究」に記されている「絵と言葉が組み合わさると絵でも言葉でもない何かになる」と言った旨の話が面白い。

 

 

絵と言葉の一研究 「わかりやすい」デザインを考える

絵と言葉の一研究 「わかりやすい」デザインを考える

 

 

 

これは水は水素と酸素が結合してできるが、それ(水)は水素でも酸素でもないものだというような例えとともに書かれた文章だが、ランナーと結合されたパーツは一度ニッパーで離れてしまうとそれらは互いに結合しタイヤを作り、シャーシを作り……といった具合に様々な姿に変えてやがて車や何かの形になると考えられなくもない(というか事実そうだ)。そして、目の前には「パーツとパーツが組み合わさった、パーツとパーツが組み合わさったものではないもの」が現れる。

 

おそらく、設計をされ形にされる方のセンスやアイデアが出るのはパーツの、このギリギリのバランスだろう。パーツがどの部分を表現してるのかを分からせる、あるいは分割しないで一体成形で。とか、そういうところで、俺たちに分かる程度の化学式を作ってる。この話をこうしてなんとなく頭に入れてみると、このタミヤロードスターの動画でホワイトボードに描かれたパーツの絵が急に化学式に見えては来やしないだろうか。

 

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youtu.be

50分辺りからです。

 

こうしてパーツとパーツが結合した、パーツとパーツが結合しただけではないもの(車というとにしよう)は次の遊びに映るわけだが、ここでも、今度は土だとか草だとか、あるいは動物の置物だとかと結合する。車が、家にある人形を巨人にもするし妖精にもする。今度はそういうところで結合しだす。

 

結合が、客観的に正しくできているかを判断するのは難しい。例えばその土の粒は車と同スケールの大きさなのか?と言われるとわからないが、それらしく見えていることでそれは正しいとなるだろう。

 

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また、話は少し戻るが、色を塗るだの塗らないだのも難しい。意図があってどんな色に塗ったのかとか、どのような質感にしたのかとか、そういう話がきっと俺たちにはわからない組み主の世界にあったりもすると思う。

そこにある理由があまり明文化されていないか、あるいは本物を目指したものが多く見られるのはまだ、この分野での学会が発足されてなかったり研究が進んでないからだ。

 

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端的に言ってしまえば「キットを買う」という行為が「いつかは完成(組み立て終わる)することの約束」であり、通常はパーツを1つ1つ切って貼ってく行為はその約束を反故にしないための約束で、そこにはわずかに一貫性の原則が働いてることに過ぎないわけだが、その中には本当はもっともっとそれぞれの気持ちだとか、何かを求める感じとか、そういうものが詰まっている。

 

飽きないうちに、興味がなくならないうちに。

何か一個作るとこの遊びの面白さが見えてきます。

そして、それを文章に残して、伝えるのも、とても楽しいので、やりましょう。

 

 

プラモ多めなほしいものリスト

 

 

 

 

 

 

 

 

エレール 1/24 ファーガソントラクター プラモデル

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エブロ 1/24 ルノー 4 FOURGONNETTE プラモデル 25003

エブロ 1/24 ルノー 4 FOURGONNETTE プラモデル 25003

 

 

靴の抜き差し

この手の靴は一つの、飛び道具みたいなものなのですが。

ドレスのデザインで、タフな革を身にまとわせてそのコントラストを楽しむやり口はずるいというか渋いというか、なんですかね。

 

「こういう靴がもっとあればいいのに」

 

と思うようなことはありますが、あってもあまり売れないでしょうしなんとも言えませんね。あまり売れないからこそ、その一瞬の湧き出てきた瞬間に買う。これです。

 

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夏はもう、生地も薄い太めのカーゴパンツに合わせて履いてたりしてますが、デザインが絶妙ですよね。この前の方のバランス。甲周辺を大きめにとってるこの感じ。レースステイ周辺。わざと野暮ったくしているようで斜めから見たときはくっそキレイという、低いラインの曲線がズルいですよね。全体の造形センスが非常に高め。

 

意図的に大きく取って、真っ直ぐなラストに横たわるようにバランスを設定しているのでしょうか。前にシャープな推進力のあるラストのデザインの割りに水平に低く広がるような造形を仕掛けているあたりに何か、俺の知らないまとめ方を感じます。

 

こういう優雅な遊び心っていうんですかね。

そういうのを楽しむ靴は今は減りましたね。

デザインのカテゴライズが「ストレートチップストレートチップ!」といった形で明確に押し出される一方で細部のこういう怪しい仕掛けはあんまり言語化されないというか、どうでしょう。

 

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夏はこういう妙な軽快さのある靴をザックザックと履くのが楽しいですね。

かなりカントリー寄りの雰囲気を、スッと伸びるラストに乗せていますが、じゃあこれが黒のスムースレザーならどうだ?とかスエードならどうだ?なんてことやウェルトがストームウェルトならどうだ?とかそういう話を考えると面白い靴です。

このデザインはクラシックなのかモダンなのかとかね。造形の歴史は知らないのでアレですが、こういうデザイン的な処理の引き出しの多さに呼応するくらいの心意気は持っていたいところ。

 

靴の佇まいを確定する要素で重厚感をコントロールしつつも、その評価はあくまでも「軽やか」。そう思わせるバランス感が、合わせる服を「いつもと同じ」にさせないような、ユニークな魅力のある一足です。

形と形のぶつかり合い

模型が部屋に置いてある置物と合うってのはこれはなんというか、部屋に置いてある置物と密接に関係があるので具体化される話ではないんですけども。

 

ただ、何にでも合う状態がきっと、それぞれの模型ごとにあって、それを俺の中ではキット毎に纏うフレーバーを観察すればわかるんじゃね?という結論が出ている。

 

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模型、プラモに関しては説明書通りにパーツを切って貼るだけ状態(刺し身ともいう)とそれをさらに進めて説明書通りに色を塗った状態。そこから汚してみたり、陰影をつけた状態、パーツを真鍮線とかに置き換えて……と、ドンドン実物に近づけていく方向の工作がステップの一つにあって、それが部屋にあると

 

「よくできたミニチュアが部屋にあるな」 

 

という素晴らしい状態になります。これ、僕は時間がないのと腕がないので全然できないのですけど、できる人は羨ましいなって思います。
ただそれだけが模型の楽しみ方なのかというと最近はそうではなくて、特に「刺し身」という語がもたらす素材をそのまま頂く様子は私も大変感銘を受けています。刺し身の魅力は、なんでしょう。今思ったのは、作った人間以外も平気で手に持てるところですかね。もちろん作った人間はもっと気軽に手に持てますね。

 

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適当に手で持って車なら転がしてみたり、飛行機なら手にとって飛ばしてみたりそういうのが楽しくできるのは良いことだと思います。

 

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話が結構それてしまったんですけど、例えば部屋にポンと置かれているものとか「これ部屋に置こう」ってものって大体そんなにめちゃくちゃリアルなのかって言うとそうでもなかったりしません?

 
 

プラモって工作を深めていくとさっきの「キット毎に纏うフレーバー」ってのがどんどん濃くなっていくんですよね。こってりしてきます(逆にある程度こってりさせないと持たないものもありますが)。戦車はどんどん戦の香りが強くなるし。F1はサーキットの姿や、新丸ビルの一階にズドンと置いてあったりするメチャクチャな精悍さに圧倒される感じになっていきます。F1は、こうして書くと楽しそうですね。

 

その濃度を調節できるのがプラモデルとか模型の面白いところで、うちはどういうわけかなんか可愛いものとか、曖昧なさっきから写真にでてくるカバみたいにもわんとしたものが多いのでそれに合わせるには、刺し身が良いんですよね。

  

なんか部屋にあるよくわかんないものも急に車だとか人だとかそういうのが置かれると信憑性が出てくるというか、例えばタミヤのミリタリーミニチュアなんかは人がすっごい出来が良かったりするので車が人によって活き活きしてくるし、それに呼応するように動物の置物も目立ってくる。人と、それが乗る車の大きさがカバの大きさを定義してますね。面白い。

 

 

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特に、このカバみたいな曖昧な形のものはそれはそれでリアルな何かよりも生命力が深くに眠っていることがあるからパキッとしたプラモの作りとお互いにコントラストからくる相乗効果があります。そして塗らないからこその形が明確に押し出される感じ。ただただ形と形がぶつかり合う。

  

タミヤのミリタリーミニチュアに限ったことではないですが、白でない成型色でキットのすべてが出来ているものは、ひとつのまとまりとしての良さが特に出ますので、適当な置物と組み合わせて味うのも悪くないと思います。

 

 

 

特に、このキットに関してはまるで戦の様子がないので部屋に置くと非常にほんわかします。動物の置物と特に相性が良い。

 

プラモ多めなほしいものリスト