Re:11colors

毎週木曜更新(2021年1月現在)。革靴、模型、日常。

東京五輪にウェカピポな未来(いま)は訪れなかった。

SOUL'd OUTにはウェカピポという必殺の曲がある。デビューシングルだけど、多分俺と同世代のB-BOYなら流派Rのエンディングでいきなり流れて度肝を抜かれた人が多いのではないか。

 

次の日、学校で「ウェカピポ見た!?」と友達と話す。それくらいにインパクトがあった。すごいことだった。ウェカピポはいつ聴いても未来の曲だ。たまに宇宙人が地球にやってきて人類に文明をもたらしたなんてSFの話で出てくるが、ウェカピポはそういう類の曲である。2020年代に入り、俺たちはスマートフォンを手に入れ、Bluetooth接続の無線イヤホンで音楽を聴くけど、それでもウェカピポの描く未来には辿り着けない。

 

きっとウェカピポはチューブ型の道路に空飛ぶクルマが行き交う、今とは違う世界線の未来で聴かれて初めて本来の意味を成す曲なのだろう。結局、俺たちはウェカピポの世界線には進めなかった。

 

そこで東京オリンピックである。2020年に一度延期になり世の混迷をそのまま描き出しながらも滑り出した世界的イベント。俺はふと期待した。

 

ここでSOUL'd OUT が出てきてウェカピポを歌うのではないか?

 

SHINNOSUKEのビートが、Diggy'moのクセのありすぎるまとわりつくようなライムとフロウが、Bro-Hiの高速ラップとビートボックスが描いたあの、遥か彼方に行ってしまった「ありえたはずの未来」と俺たちが生きる「今」が交差するならここしかないのではないか。それにウェカピポは腐敗した世界を巨大なパワーとタフな精神で乗り越え、混沌という荒波に光を照らす曲だ。完璧だ。

 

 

 

「Nah! ウェッカピッポゥ!」

SOUL'd OUT 『ウェカピポ』 - YouTube

 

閉会式はTOKYO 通信でお願いします。

 

 

 

何者でもない者の声

 

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はてなインターネット文学賞に応募しよう」と思ってブロガーが推薦する記事をざっくり読んだ。そこには「これってインターネット文学だよね」という話が載っていてどれも興味深かった。まさにインターネットが持つ面白さについて触れているし、ある意味で「やっぱりこういうのだろうな」と思うものがあげられていた。端的に言えば「私の知らない世界を情熱をもって語っているもの」がそうであるというような話だ。インターネットは様々なものが載っているのに、見る側がそういう規定をしている部分があると思う。いいかどうかはわからない。ただ、やっぱり毎日上がるバズった文章というのは、さっき言った通りで「私の知らない世界」の話でそれを読み手が評価するから目にする機会が多いし、それを書く人も増えるのだろう。

 

そこで、書く側の話だ。僕にとってインターネットにおけるテキストというのはある時期を境に「特定の人に届くかもしれない手紙」になった。それはプラモデルを作り始めたときからだ。

 

 

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超音速備忘録というブログがあるのだけど、そこには未組み立てのプラモデルを語ったり、スケールモデルといわれる戦車や飛行機などは一色のプラスチックで製品化されていることが多いのだけど、それを塗装しないで仕上げることを「刺身」と評して楽しんでいる様子が載っていてとても面白かった。すぐにプラモデルを買ってきて私も「刺身」をした。難しいと思った接着剤の使用もなんてことなく、驚くほどに簡単に作れたし、無塗装のプラスチックの美しさに衝撃を受けたし、それと同時に「プラモデルって、まだ文章化されていない魅力がたくさんあるな」と理解した。

 

何せ、調べてみるとわかるが、プラモデルの製作記事といえばどこがどう動くだとか、ここはこうやって作ろうとかそういう話が多い。そうでない部分というのはモヤモヤとテキストにされることなく漂っているし、それを何の知識もなしにつかむのは相当難しい。きっと今こうして読んでくれている人も「接着剤って難しい」「塗装はするものだと思っていた」と感じているのではないか。だって、そういうものとして世の中では話されているから。

 

 

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だから、なおのこと超音速備忘録はまぶしかった。そして彼に「俺もいるぞ!しかも、俺はきっとあなたの期待に応える良さを出せるぞ!」と声をあげるようにプラモデルの記事を書きだした。何者でもない俺が、急に鳴き声のようなものをあげる。「見つけてくれ」「見つけてくれ」と。

 

結果、比較的早く観測され、そこから交流が始まった。僕が面白いと思うもの、彼が面白いと思うところ。どこが面白かった、こういう書き方をする人はいない、と沢山ほめてもらったし、Twitterでも広めてもらった。気づいたら僕のTLはモデラ―ばかり。

 

多分だけど「なんだか俺の知らないプラモデルの楽しみ方をする奴がいる」と珍しい動物でも見るようにフォローされたんだと思う。だから、なおのことそう振舞った。「俺は絶対にレシピサイトのように制作の手順は書かないし、モチーフとなった戦車や飛行機の解説はしない」とかなんとかいって。鳴き声が、言語的な意味を持ち始めたと思う。言葉は悪いかもしれないけど「俺はすでにインターネットにあふれている既存の楽しみ方はしないし、書かない」なんていう風な感じで、想定内の面白さに収まらないように暴れていたと思う。

 

 

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インターネットにおけるテキストは読む側が「こういうのが良いよね」と規定してしまえば、そのようなものがあふれると思う。文章なんてほとんどの人が真剣に書いたことがないのだから、余計にそうだ。携帯小説のシチュエーションがどこか似てしまうように。

 

プラモデルで製作記事が多いのはブログブームみたいなころに、それを始めた人がいて、賛同して真似したからだろう。特に影響力が大きい人がそうすれば、その傾向は強くなると思う。「これって文学だよね」なんていわれたら「そうか、これが文学か」と感じてしまうように。そこが難しい。

ただ、書く側として自分が思うのは「何を書いてもいい」ということだし、それだと無責任だから「特定の誰かに見つけてもらうように記事を書く」というのは悪くないということを提案した。製作記事だって互いを見つけあうための鳴き声や手紙だったと思う。そういう風にインターネットにおけるテキストというのは作用してもいい。

 

そうそう、何者でもない俺が急に声をあげてどうなったと思います?

 

 

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実はそのあと何回か模型専門誌にライターとして記事を書いた。雑誌の編集者に見つけてもらえたのだ。また、超音速備忘録のからぱたさんとフミテシ道楽のふみてしさん(彼もすごいブログを書く人です)が立ち上げたnippperというプラモデルのウェブメディアに週に二回記事を書いている。大成功だ。自分の声が、多くの人の声と交わって文化になろうとしている。

 

だから、衝撃を受けたものは文章にして声をあげましょうと言いたい。漠然とした読む側の規定に引っ張られなくていい。需要みたいなものが見えてきたりとか、バズらせたりとかそういうこともできそうな気がしてもしなくていい。ディープじゃなくていい、マニアックじゃなくていい。「からぱたさん!俺を見つけてくれ!」なんていう叫び声は火種になって思わぬ世界に俺を連れて行ってくれたから。

 

きっと、あなたもインターネットのテキストがジェット機のようにどこか遠くへ飛ばしてくれる。

 

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

nippper.com

 

wivern.exblog.jp

 

sidelovenext.jp

ミニチュア塗装を教わってきた日

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塗装を教わるという経験をしてきた。先生は私がプラモデルをはじめた結構最初の頃に「あ、この人は単純に俺より全てがうまい」と感じた人で、身近な目標っていうとあれだけど「こういうものを作りたい」というものを作成する方だ。

ミニチュア塗装というわけでタミヤ1/35ドイツ歩兵セット(大戦中期)を一緒に塗った。目の前で人が作業をするのを見るのは初めてだ。「ここを塗りましょう」みたいな話もそうだが、目の前で混ぜられる塗料とか「この筆がいい」みたいな話がマジで面白い。教わる楽しさ。

 

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塗っているとわかるのは「言われたことができているかどうか」というのは、目で理解されるということだ。左ひざのハイライトの当て方を「横に潰れた楕円で」とか「ここはシワの延長線上にもハイライトを入れる」と言われたのちに作業をしたときに膝の楕円が見えてきたり、シワの延長線上というのがなんだかわかってくる。光と陰の書き方みたいなのがはっきりしてくるというか、面を目が捉えられるようになってくる。最後の方は本当そんな感じで「見えてくる」という感覚が面白かった。

 

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今回、初めてファレホを使ったがとても印象が良かった。筆ムラがほとんど発生せずに乾くのも早い。取り回しも楽。シタデルカラーと比較されることも多いけど、メソッドがない分、幅があるのはファレホ。その分陰影がどうなるとかは自分で考えないといけない。シタデルカラーはメソッドがあるのでそれを理解すれば塗装の深みが出しやすいと思う。どっちも「どう仕上がるのか」が見えるかどうかがポイントっぽい。

 

教室終了後、ボークスでウェットパレットとファレホを、レモン画翠で筆を買って割といい気分で帰宅しました。塗装もうまくなったら、やばいっすね。

 

今週の物販