Re:11colors

だいたい木曜更新です。革靴、模型、日常。

木製キューブが生む、構造の世界へ

積み木の持つ無限の可能性に触れた。

まず、積み木は作るのが簡単だ。角材をホームセンターや100円ショップで買う。

ついでに刷毛とニスを買う。紙やすりを持っていないならそれも買う。均して、塗って、乾かす。それだけ。

 

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それを適当に置いてみる。どうやら積み木の配置がガイドになり、乱雑に置いたミニカーも揃って見える。積み木調和が発生する。

 

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積み木なので積んでみる。なるほど、山である。

高さが気軽に出せるので飾るのに便利。次は飛行機を持ち上げる。これが良かった。

 

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積み木を積んで持ち上げているのだけど、これが透明だったらどうかなと一瞬思った。擬似的に浮いて見えるだろう。もちろんそれも良いし、試したいと思う。ただ、そう、そうなのだ。「積み木を積んで持ち上げている」のだ。これがよかった。こういう展示をしている様子に見える。積み木の持つダイナミズムと飛行機が持ち上がっているという様子が強烈に理解できる。飛行機に急に重さが出る。

 

積み木は模型を浮かせることができる。これが面白い。飛行機は足元を3点支えるか、翼をぐいっと猫の前足に下から手を突っ込んで持ち上げるようにあげられる。

そうして、勘所を少し掴み「ああ、ここで立ってるのか」なんてわかると自転車が浮いてしまったりする。

 

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面白い。積み木は模型を不思議な形で固定する力がある。

 

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普段は到底やらないディスプレイも積み木があればできてしまう。斜めに傾き、綺麗な翼面を見せる。これもよかった。ミニカーと合わせるとパブリックアートの様相を見せてくる。模型が、実物でもそのままの模型でもなくて、縮尺よりもデカい模型に見えてくる。ビッグサイトのノコギリのような大胆さ。

角材の割に発展性がありすぎると思う。

 

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こうして遊んでみると、積み木を模型と合わせることは普段見ることのできない瞬間を固定する遊びであるということが少しわかる。そして、積み木遊びの通りで積んだり並べたりする中で、何か釣り合ってしまう構造みたいなものを、直感的に探すことができる。こうしてみたらどうか、ここをこう見せてみたい。そういう意欲のトリガーとしての模型、そしてそれを支える積み木。なんてことない遊びだが、そこに流れる時間は暖かくも、直感的で、そしてなにより創造的な癒しである。

 

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ウッドキューブ、春

昨日、椅子の上にクッションを置いて座ってたのが悪かったのか尾てい骨がとても痛く、今日は模型はお休み。写真を撮ったり、他のことも出来なくはないがやはり痛い尾てい骨。

 

外を歩けば多少はマシになるかと思い、昨日、Twitterで積み木で楽しそうに遊ぶ方がいたので、それを散歩がてら向かった100均で入手。積み木というよりは角材で、色味が気に入らなかったのでニスと刷毛も手に入れた。帰宅してパッケージから取り出すと軽さとザラザラしすぎている質感で、それなりのものといった感じ。

 

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それでも、模型との相性はなかなかで面白かったのだけど、触り心地と先述の通り色が気に入らなかったので紙やすりで削ることにする。8個入りだったが、面倒なので4個だけ。240、400、600、1000……削れば削るほどサラサラとした表面になり楽しい。そのあとはニス塗り。

塗ると、木目が生み出す濃淡が綺麗。安くても木には木目があるんだなということがよくわかる。そして、この木はスカスカした軽い木だなというのも、染み込んだ面を見るとはっきりわかる。ニス塗りはじわっと染み込むので塗膜が剥がれるみたいな事もなく、おおよそ失敗しない作業で、昔は模型は木だったという話を思い出しながら、木は木で大変だけど楽だなと思ったりもした。

 

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何せ、木であるのでそういう濃淡は綺麗だし、大抵のことは、味で済む。というか、味という言葉にする以前の気にならなさと綺麗さがそのムラには込められていてとても雰囲気が良く、美味しそう。

 

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最初は白くて安い風合いも大分良くなってきて、程よくコゲのついたハンバーグのような状態。あるいはサイコロステーキのようである。今は、乾燥中で乾いたら室内で写真を撮る予定だ。

 

木を買ってきて、削って、色を塗って、楽しい。というのもなんだかよくわからない話だなと思うが、素晴らしい濃淡と、それぞれが異なる見た目をしているという点で、なぜかどの積み木たちも愛おしく見える。

 

今はベランダのそれをガラス越しに見ているが、動物園の動物を見ているような気持ちになる。

積み木、積み木は角材からいつ、積み木になったんだろう。

 

 

瞬間stoppable

とてもうまくできたなという模型があって、それはいつどう眺めても美しい。主観の強い世界ではあるが、我が家に飾っている限りは、直でそれを見る人間は限られているので悪いことではない。

 

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前にも載せた、ハセガワの1/72 F6Fヘルキャット

出来が良くて通称だけでなく、F6Fという番号も覚えてしまった。

塗装してるときにふと思い立った翼のムラ表現。筆の感触に好印象を覚えたので何かできる気がして、分が悪くない賭けに全額ベット。ダメならそのまま塗って仕舞えば良い。

 

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結果は思ったよりもずっと綺麗。これは筆ムラではなくタッチだ。ペン画で特定の面をさまざまなタッチで埋める練習をしたがそれを思い出す。動きがあり、曖昧な表現。見ていれば揺れるし、漂う。風合いは空。その癖、遠くから見る分にはそれがわからない。

 

ただし、問題はここにあった。これだけ自在にタッチを操れるのなら、綺麗に仕上げることも可能なはず。翼以外のところは正にそう仕上げられて、綺麗だ。工業製品のような硬質な魅力を纏わせることは容易だろう。これより綺麗に仕上げられる自信と、今目の前にある綺麗さがぶつかり合う。

 

模型の危険な所があるとしたらおそらくここだろう。つまり、瞬間的に現れるこういった美しさや危うさを上から塗りつぶして自分から失えることだ。

 

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途中で止めてしまうことが難しい。

綺麗に仕上がったその塗膜の下にどんな途中があったのだろう、途中だからと、何度見逃してきただろう。とりあえず、と最初の一層をどうしてきたのだろう。今だってこうして思う、「よかったから途中で止めたんだ」と。つまり、これは途中なのか完成なのか?ただ、こうしてプロペラをつけて形にすれば、瞬間を切り取り、止めることができる。

 

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このヘルキャットは私がコルセアを思いのままに、誰かに何かを伝えるために、色も塗らずに仕上げてしまったので買われた「代わりのキット」である。本当は均一にネイビーで塗られ、そのエリート然とした素晴らしい姿と重厚感を持って我が家に鎮座する予定だった。もし、コルセアが綺麗なネイビーで仕上げられたのなら、このヘルキャットは存在しなかったことになるし、こんな風に途中の姿をOKとされて無限の可能性を秘めてしまったのは、二機目のコルセアじゃなくて、ヘルキャットを買ったからだと思う。

 

私はこういったことは模型の(あるいは買い物全般の)最も楽しい出来事のうちの一つだと思っている。前の模型が今の模型に影響を及ぼしたり、今のそれが将来的にそうすることがわかるのは、わざわざ作ることの意義の一つだろう。「これを作ろう」という強烈なビジョンが雲のような気持ちにかき混ぜられて変化する。

 

 

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