Re:11colors

毎週木曜日更新です。

さぁ、働こうを思う。

似合う町で働こう。

と思ったのが今の仕事に就こうと思ったきっかけだ。
本社も、勤務先も自分に似合っていると思う。

その前と私が最初に勤めた会社は新橋、浜松町と学生時代の私からは想像もつかないような町だった。というか久しぶりに会う友人に出も今の勤め先の話をし、その後この文章を書くような手順で仕事の話をすると「ははは。今思うと似合わないね」なんて笑われる始末だ。
職を転々とすると言ってもまだ3つ目なので転々としているかどうかは分からないが、私もそれぞれに思う所があって働いていたし今も働いている。

1つ目の職場は「続けてみよう」という理由と「単純に労働時間と賃金の関係で次の職のことなど考える余裕がなかった」という足に鎖でも付けられているのかという酷く後ろ向きな理由であった。実際実家に暮らしてでもいるのであればいくらか融通は利いたかと思うが私は一人暮らしな上に実家は深刻な貧困に陥っており、私を受け入れる体制にはまるでなかった。給料のほとんどは生活費に消え、私の24時間は仕事に消えていた。

2つ目の職場は「嫌だったら辞めてやろう」というコンセプトだった。1社目は私が隙を見て転職活動をしていたら実はその隙は経営が傾く兆候だったという(さすがに途中で私も危険を感じ転職活動に熱が入ったのだが)ことで私を始め何人かは間もなく社を去ることになった。つまり嫌な所で仕事をしていたら勝手にそこが傾いた。私は「嫌なことを続けても報われない」ことをそこで知ったのだが、その教訓は2社目で、入り口のドアを開けた瞬間に「あ、辞めよう」と思いそのまま退職届を出すという形で存分に活かされることとなった。「私はこの人の下に付く意味があるのか」というのを考えた時に「決してならなかった誰かの手下」というある曲の歌詞が浮かんだことはまだ覚えている。私はここで文章を書く人間は良く文章を読まないといけない、良き読者でなければ行けないという当たり前なことに気づかされた。

 

今の職場は最初に書いたコンセプトの通りだ。
実際の仕事では「決してならなかった誰かの手下」という先のフレーズが私を後押しし、かつ“調理場という戦場”という本で子羊やアスパラを投げたりする重要性を信じていたのでそれに近いことをしたりもした。それが正しかったのかそうでなかったのかはまだ分からないが今の私は本社でも、支社でも今までの職場に比べたら信用も、居場所もある。
自分の居場所を何らかの形で作らないと行けないというのは今の職場で学んだことだし、じゃあそれをどの会社でも作れるかというとそういうわけではないということは今までの職場で学んだことだ。

ただ「今のところトータルでプラスの得点を得ることができるようになっているのは似合う町だからだろうか」と考えることは本当によくあるし、あながち間違っていないようにも思える。