Re:11colors

毎週木曜日更新(2023年5月現在)。模型、日常。面白いことあれば他の日も

そっと声をかけるように、お勧めしたい

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気軽に外出ができなくなってしばらくたつけど、僕らの生活はだいぶ変わったのではないかと思う。北欧の家具のデザインが秀逸なのは冬が長く外に出られないからだという話を聞いた。スウェーデンのバンド、Cloud Berry Jamの「外に出る時間が貴重であるかのように日差しの温かさを堪能しているのが印象的だった」というようなインタビュー記事を見たことがある。とにかく外に出なくなって、その分、中での生活が充実してきた。

 

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その中で面白いのは、内なる活動がSNSなどを通じて外に接続することだと思う。Twitterのspace機能やclubhouseで普段会えない人と気軽に話してみたり、YouTubeツイキャスで配信をしてみたり反対にダラダラ見たりする。いずれにしてもテレビで流れる情報が鬱陶しくなったり、Netflixなどのストリーミングサービスが思いのほか濃厚で見すぎると疲れてしまうから、みたいな部分があると思う。情報を浴び疲れてしまうのか、情報未満の何かに触れて時間を過ごして、少し元気になる。みたいな。

 

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僕は、ここ一年でとあるYouTuberの配信で生まれた小さなコミュニティが気に入っている。誰が何をしているかは知らないけど、うわさを聞けばほとんどの視聴者は僕よりもずっと若い。ただ、そのコミュニティの中ではほとんどの人が僕よりも大人な振る舞いをするし、その配信が終わってしまえば彼らとのつながりみたいなのはパタッと切れてしまう関係性がとても面白かった。

最近はコミュニティのつながりが強くなってきたのでTwitterでも何人かフォローしていて「特に有益な関係性でもなく、同じ志があるわけでもない誰か」というつながりは、10年前のTwitterみたいな関係性で懐かしく、良いものだと思う。

 

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その中の一人がたまにポケモンのプラモデルを作るのだけど、彼に「人を横に置くと大小関係が変わって面白そう」とタミヤのラリーメカニックセットを勧めた。そのあと「これは秋葉原ヨドバシカメラでも売ってますか?」と聞かれたので、流し込み接着剤と、普通の接着剤の写真と一緒に買うようにという話とともに販売していることを伝えたら、先日彼がそのキットの中の一人を切って貼った写真をあげていて、今は兵士を作っている。

接着剤や、スケールモデルを初心者にとって難しいものと考えずに「これがこの人に合いそうだ」と思いながらそっと声をかける。必要なのはこういうことなのかも。

 

なかよし - YouTube

 

今週の物販

 

 

 

何がプラモを作らせるのか

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野球を中学校までやっていたのだけど、ボールを投げるのが楽しいとか­そういう根源的なものとは別に個々がおのずと自分の役割を自覚してそれにふさわしく振舞うのが面白いなと思っていた。

例えば僕はピッチャーと外野をやっていたのだけどコントロールがよかった。球はそこまで速くなかったので球速を上げようというよりはコントロールを磨こう。みたいな意識になってきてマウンドに上がるときは技巧派として振舞うし、外野に立てば、バックホームはストライク。送球に自信ありというわけ。そうすると、なんで野球が楽しいのか、というのが個人の身体にしみこんでくる。

 

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僕のことを昨年あたりから知っている人はご存じの通り、去年の9月、僕の誕生日辺りから決して小さくない問題を抱えたままだ。きっとこの問題はうまく解決しなくて、良い形では終わらないし、嫌な終わりがもう見えている(近々引っ越す。ということで察してほしい)。

 

もともと2年前に転職してすぐに適応障害のような、軽いうつ症状のようなものにかかってしまったのだが、それが治るかどうかというところで追い打ちを食らってしまった形になったので、今も通院中(かなり治ってる)。その中で作るプラモデルは、唯一「納得のある時間」だったし、今もそうだと思う。すべてが思い通りにいくわけではないけど、思い通りにいかないことにも、納得がある。生活は、今は思い通りにいかない上に納得がないことが多いけど周りの人間とかかわることなので全員が納得するというのは難しいことだと思っている。

 

プラモデルを作ることにもし、野球の楽しさを選手一人一人が自身の立場や役割をもとに見つけているようなことが、組み立てる側にあるとしたら、プラモデルはただ楽しいだけの遊びではなさそうだ。

 

ずっと前から「わーい!楽しい」というだけの状態はどうかなと思っているのは自分が置かれた境遇にあるのかもしれないし、残念ながら、映画や特撮を見て胸が熱くなったこともなく、兵器のカッコよさみたいなのもあんまりよくわかっていない。なので、出来上がったときに「おらーいけー!」と声をあげるような高揚感みたいなのは実はほとんどないのだ。ただ、兵士や美少女プラモは出来上がったときは気分が良くなる。これは特に後者に関して言えば男の本能的な部分だろう。

 

ボールを握って精一杯腕を振って、針の穴に糸を通すようなコントロールで投げる楽しみを野球で見つけたように「俺の楽しみ」をプラモデルについて書くとしたら俺にはプラモデルは作業療法に近いものを感じる時があることは間違いない。

 

あるいは、絵を描いているような気持ちになったり、モチーフそのものを実際に作っているような気にもなる。「癒し」と言ってしまったりするのは楽だけど、花に水をあげるような感じというか、何かに愛を注ぐという人間の根源的な「与えるという行為の尊さと、答えてくれる嬉しさ」みたいなのがそこにはあるのかもしれない。

 

今週の物販

 

 

 

 

 

綿100%の生地が古くないように、旧キットはクラシック。

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休みの朝に目が覚めて、このままだと二度寝してしまいそうだからとやや無理やり身なりを整える。最近はジーンズに飽きてきたので軍パンに足を通して、Tシャツを着る。午前中に用事を済まそうということでそのまま駅へ向かう。電車の中で寝てしまえばいいやと出社と変わらないテンション。

 

目的地に着く頃には目が覚めてきて、カーゴパンツのバリッとした生地の質感が肌に伝わってきたり、建物のガラスに映る型崩れしないその姿を認識して「ああ、やっぱりいいなこれ」って思い出すと本格的に覚醒してくる。無理やりに起きたものだから時計がちょっと気分と違うかなとか、靴が微妙かななんて思ったりしながら「まあ、いいか」と歩を進める。

 

こんな風な生活を土日のどちらかにしている。休みの日の午前中、人がまだ集まる前に大抵の用事を済ませるために。ただ、その都度カーゴパンツの愛おしさや、靴や時計の頼りになる感じを実感する。「チグハグな組み合わせかも?」と思っても自分で買って集めたものたちなのでよほどのことがなければまるでダメということにはならない、自分だけのワードローブ。自分だけのクローゼット。

 

最近、タミヤの傑作機シリーズにはそういう信頼を勝手に寄せています。特に2000円くらいのものはなんだかどれもクセがなく作りやすそう。ついつい「最新キットが一番良い」と思いがちだけど、プラモデルを設計し形にするまでの技術と、製品としてのプラモデルのバランスの良さが時代によって異なる気がしていて、ここでいう2000円くらいのキットを作っていた時期は、プラモを設計する技術が高すぎず、パーツ点数も増えすぎず、というわけで作りやすいプラモデルが多いのかもしれないです。

 

私が穿いているカーゴパンツはバリッとした綿100%の厚手のオックスフォード生地。洋服も、最新の技術でストレッチだドライだとかってありますが、これはこれでやっぱり綿100%の昔ながらの優しさに惚れるみたいなところがあります。

 

今週の物販