Re:11colors

毎週木曜日更新(2023年5月現在)。模型、日常。面白いことあれば他の日も

根を下ろすような技術が選手の運命を変えた話-嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのかを読んで-

 

落合が、選手たちに教えたのは「プロ野球選手として食べていく技術」だったのだと思う。

 

嫌われた監督は、落合博満中日ドラゴンズの監督を務めていた時の話だ。「落合の話」ではなく「選手や球団関係者を通じて見る、落合の話」といった具合で、各々の人物ごとに章立てされている。私にとってはそれが面白く、読みやすかった。

 

なぜかというと、人と人の交流をわかりやすくうかがい知れるからだ。そして、落合と選手の関わりの中にあるのは「選手が技術を通じて個性を獲得する」という話。さなぎが蝶になるような、華やかな話ではなく、木がしっかりと根を下ろすような、そんな成長を各選手が遂げる。

 

 

印象的だった落合の発言はいくつかあった。その中で、特に面白いなと思ったのは「相手はお前を嫌がっているのに、自分で自分を苦しめることはないんじゃないか」という言葉だ。

 

これは小林正人という投手にかけた言葉で、小林正人はリーグを代表するような打者には自身の限界以上の力を出さないと抑えることはできないと思っていた。しかし、落合の一言を聞いてからは相手のことを観察し精神的なゆとりを持つようになったという。

このエピソードを読んで「周りを観察することで、得られる余裕」の存在に気づいた。私は割と周りを観察するタイプではあるが、その結果は「ビクビクする」という形で終わることが多い。なにかと「周りはみんな優秀」「やっぱり俺はダメ」というふうに考えがちな部分もある。

 

 

小林正人は、落合の一言をきっかけにプロとしての生きる道が決まったのだと思う。ある意味で運命が変わったと言ってもいい。その鍵となるのは「技術を身につける」ということだった。

 

事実、小林正人は、永射保という選手をお手本に左のサイドスローへ転身する形で、技術を身につけている。この本に登場する他の選手もほとんどがそうだ。そして、それが「選手と監督の熱い交流」ではなく、勝つために必要なピースを生み出すような淡々とした関わりとして書かれているのが、この本の特徴的なところだと思う。

 

勝つために淡々と選手を使い続ける姿は、実際に私も野球を見ていたので印象的だ。中堅からベテランの選手で守備力で勝っていくチーム。ブレがなく、強かった。

 

 

それは冷たい印象だったが、この本で知った交流も同様に冷たかったと思う。落合と選手の心温まるストーリーなんてものはない。ただ、生きる道が決まったり、ベテランと言われる時期に差し掛かってから、さらに何年も活躍し続けた選手がいるという事実がある。それは、当事者にとっては、ありがたい話なのではないか。

 

「プロの世界は厳しい」という話はよく聞く。ただ、生き残るために何かを教えてもらったという話は聞かない。それに生き残ると、羽ばたくは随分と違う。他人の人生でも、自分の人生にしてもついつい「羽ばたく」を私たちは期待してしまう。

 

ただ、この本を読むと「生き残る」ということを技術を通じて落合は選手たちに伝えていたように映る。そうして自分のために野球をする選手たちは、生きることの根源的な部分を見ているようだった。

 

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