Re:11colors

毎週水曜更新(2021年9月現在)。革靴、模型、日常。

創作が付いてくる人生。「A子さんの恋人」を読んで

f:id:nero_smith:20211124211526j:plain

 

創作というといかにもクリエイティブな響きで専門の教育や卓越したセンスが必要な気もするが、なんのこともなく人生に付いてくることもあるような気がする。とは言っても私はデザインの専門学校を卒業しているのでその限りではないように見られそうだが。

 

私が大人になって初めて「自分が欲しいものを作らないとダメだ」としっかりと創作を始めたのは10年ほど前に作った「服を楽しく着る人に焦点を当てたフリーペーパー」こと幸服無限である。その頃から今まで自分のための創作は姿形を変えて続いている。ファッション、革靴ときて模型に変貌したのは予想外だったのでもはや創作初期の頃の私を知っていてこのブログを見ている人もいないと思うけど。

 

f:id:nero_smith:20211124211300j:plain

 

模型作りが創作かは議論の余地があるような気もするが、創作だと思う。さらにこの2020年代においてはその周りにある「文章を書く」だとか「写真を撮る」という行為にまで手が及んでくると創作の毛色は濃くなってくるし、それゆえに「純粋にプラモデルを作る」ということにも意味が出てくる。大雑把に言えば何かを媒介に表現をする場合には、それそのものが広義の創作と言えるのかもしれない。

 

「A子さんの恋人」はそういう意味だと主人公のA子さんは創作がついて回るような暮らしをしているように思えた。何かを作ることが普通の人生でだからこそA太郎とA君の間で心は揺れるし、二人の男は創作がついて回るからこその、そうでない部分に惚れたように思える。

 

f:id:nero_smith:20211124211307j:plain

 

何かを作ることは、すごいことだ。ただあまりにも自然と作り続けていると作らなくなったときにどうなるのか? みたいなのがものすごく危うい。かくいう私もこの数年はそういう時間を犠牲にしながら過ごしていたけど、こうして充分時間が取れる暮らしになると何が必要で不必要なのかの判断は非常に難しい。

 

f:id:nero_smith:20211124211716j:plain

 

「A子さんはナチュラルに創作を続けてしまう人で、私もそうである」と言いたくもなるが、私にはA太郎のようなズルく、なんとか関係を続けようとした部分もあったけど、A君のように模索していくことを提示する部分もある。A子さんの恋人は、まるで自分の人格を3人のAがつく男女に分割されて、それぞれが動いているような漫画で、見ていて嫌な気持ちになったり、「あなたにはこういう生き方がいいんじゃないか」と一つの生き方を見せられたり、「調子のいいときの俺はこういう感じだな」みたいなことを一人で納得したりしてとても良い漫画だなと思いました。

 

というか作者の近藤聡乃さんがたまたま漫画を表現手法として選んだから漫画になっているだけで、これが彼女自身が作った映画であったり、小説であったりしてもそれぞれに素晴らしかったと思う。

 

とはいえ、絵も表現も好きなので漫画であってくれてありがとう。と私は言いたい。

 

今週の物販