Re:11colors

しばらく毎週月曜日更新(2022年7月現在)。革靴、模型、日常。

塗料が増えるだけじゃ、やれることは増えない。

先日、プラモデルを買って、箱を眺めているときに驚いたことがある。それは「この箱絵みたいに塗るにはどうしたらいいかな」という気持ちが真っ先に発生したことだ。

 

以前はそんなことは全くなく、自分で好きな色に塗るのが一番良いと思っていた。というか、今もそう思っていると思っていた。それなのに「この箱絵みたいに塗るにはどうしたらいいかな」と思ったのだから、恐ろしい話だ。口では「好きな色に塗ろうぜ」といっておきながら心では全然違うことが起こっている。

 

言葉遊び的に「箱絵の通りに塗ることが今の”好きな色”ってことなんじゃないんですか」なんて言いたくもなる。ただ、どうにもそういうわけではないと思う。理由は塗料がたくさん増えたことだろう。

 

無数の塗料が手元にあれば、そこから好きな色を好きなように選ぶことができる。そして「なんのために選ぶのか?」というと「箱絵を再現するために選ぶ」のだ。私は気づいたらそうなっていた。そして、それと同時に緑のユニフォームを青や黄色で塗ることに自信をなくしていたり、仕上がりが見えないという不安を抱くようになっている。

 

 

というと、結構深刻な感じになってしまう。ただ実際に今起こっていることはこの通りだ。そして、この出来事を受けて思っていることをここから書く。

 

思うに「塗料が少なかった頃は自由に塗れた」でもなく「塗料が多くなったから自由に塗れなくなった」でもないような気がする。私はどちらかというと、精密な表現というよりは雰囲気重視の塗り方を好む。なので「箱絵の通りに塗ろう」という発想と「雰囲気重視で塗ってしまう」という表現にギャップが生じている。そして、増えに増えた塗料は「再現ができる」という期待を匂わせるのだ。

 

もちろん、常日頃から発想と表現が連結していれば良い。ただ、そうでないこともある。こうやって気づけるだけマシなのかもしれない。

 

今、やりたいことは2つある。まずはタミヤの兵士を好きな色に塗ること。赤や黄色、青で綺麗にまとめたらどんなにかっこいいだろうと思うとワクワクする。上手くなった今の俺と、塗装が苦手だった昔の俺のいいとこ取りの仕上がりが期待できる。

 

 

もう一つは緑色と茶色について。どちらも好きな色なのだけど、俺には同じ色に見える。

 

同じ色といっても視覚的に同じに見えるというわけではなくて、CMYKという印刷における4色の世界に当てはめると、どちらも似たような性質を有している気がするからだ。

 

茶色はマゼンダとイエローの数値を決めてそこからシアンを足して茶色っぽくしていく。そこからマゼンダとイエローを含むCMYの三色のバランスを微調整する。緑色はというとシアンとイエローを決めて、そこからマゼンダを足して緑の深みを調整して、そこからは茶色と同じ工程を踏む。

 

そんなことを考えていると、茶色と緑色は同じ色なんじゃないかと思う。それにどちらの色をいじっていても「茶色なのに緑色っぽくなった」とかその逆もまぁまぁ起きる。

 

塗料が増えたところで、思ったことはせいぜい「再現するにはどうしたらよいか」という感じだったのは本当に驚いた。いくらでもできるのに、こんなものなのだ。ただ、その枷を外す方法はいくらでもある。自分の探究心はそもそもどこから来ていたものなのかなんて考えるのもいいし「好きに塗れ!作例なんてないぞ!」といった感じのファンタジーものを塗れば、自由に塗ることになったりする。

 

今日の写真はWhite Werewolf TavernのOracle。四本腕がファンタジーの美人。腕が増えて、顔が隠れてという足し算引き算が面白いミニチュアですね。

 

↓買ったところ↓

ww-220408 Oraclesavagelandmini.com