Re:11colors

しばらく毎週月曜日更新(2022年7月現在)。革靴、模型、日常。

カメラマンが欲しい

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タミヤのミリタリーミニチュア50周年!という記念すべき年から大分過ぎたがカメラマンのプラモデルというのはほとんどいない。どうにかならんもんかと我儘にブルーライトが眩しい海を四角い箱越しに覗いてたらレジンキットのものがあったのでとりあえず手に入れてみたが、これは良い。

 

カメラマンというのは戦場に於いては記録者の1人だろうか。あるいはもっと、もっと!と真剣の上を裸足で渡りながら足裏に体重をかけていくような危うさを持った荒地を心に持ったもののことだろうか。私には分からな……くもない。危険な壊れの予感に頭が異常なスパークを起こし続けた夜を知ってるから。

 

「それにしてもカメラマンというのは」とまでは言わないが私も撮影をする日には太いカーゴパンツを穿いた。靴は、ブーツ。外羽根のブルーチャー、なんだか心をくすぐる響きでいうとギブソンブーツなどと呼ばれる形。まぁ要は、外羽根のブーツなんだけど、名前って色々ある。このブーツはとっておきの靴で綿密に素っ気なさと汎用性を追求したのでめちゃくちゃにカッコいい。黒と茶色の2色遣いはどんな日にも履ける。上は、今くらいの季節だとフリースをボフッと着て、そんな感じ。

 

カメラマンはどこにでもいる。プラモデルを撮る私やあなたもカメラマンだし、今日の格好をottdとInstagramにあげるあの子もそのときはカメラマンだ。カメラマンの面白さはそういう日常と地続きの存在ということだろうか。それでいて一眼レフやコンパクトカメラをいくつか持ちながら撮影してると、同じ写真を撮る人間なのに本気度が随分と違うというわけなのだけども。

 

タミヤの、マスターボックスの、ICMの、とまぁいろいろと言えるんだけど1/35の兵士たちの中にはカメラマンはいないに等しい。きっと、それぞれが意識するマーケットや地域別のジオラマの傾向などでもカメラマンというのはあまり必要ないのだろう。もしかするとジオラマをはじめとした情景を作り出すことそのものが、作り手自身がカメラマンになっているとも言えなくもないが。

 

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実際にカメラマンを手にしてみるとわかるのは、これはどうにも既存の情景作りのノウハウだと馴染まないだろうということだ。明らかに境界線が引かれてる。乗り物と、それを操ったり味方にして動く人間という2つの関係性に直接的に絡まない。しかも、実際に一眼レフで写真を撮ってるとわかるが「こいつをどこに置けば、近過ぎず遠過ぎないのか」という適切な距離感がわからない。「決定的瞬間を撮る立場」でありながら私たちの身近なカメラマンはフィールドをスタンドから撮るだとか、土俵やリングを客席の最前線から撮るとか、明確にあっちとこっちが分かれている。カメラマンを含めた情景を作るのは結構難しい。

 

とはいうものの、私はカメラマンが欲しい。見飽きたあの形の双眼鏡がカメラであれば、といつも思う。

 

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