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しばらく毎週月曜日更新(2022年7月現在)。革靴、模型、日常。

パンツを紫色に塗ったら感覚を理論が追っかけてきた-塗装日記 6/12-



 

感覚で塗っていた塗装に、ある日突然気づきが生まれる。そして頭の中にインストールされていた言葉としての理論や技術が、急に実体を帯びて目の前に広がる。

 

「とりあえずこんな感じだろう」とウクライナのプラモデルメーカー、ICMのあまりにも曖昧な塗装指示書に好感を持ちながら手持ちの塗料の中からいい感じの紫色を塗る。そのあとはジャケットの塗装。フリーガーヤッケと呼ばれるドイツ空軍のジャケットは特に制服が決まっていなかったため、それぞれが独自に仕立てていたという。

 

今、塗装をしている彼は典型的なフライトジャケットのような裾がリブ仕上げのものではなく、シャツのようなラウンドカット。良いセンスだ。というのも英国のファッションブランドのバラクータで同様のことがあったからだ。裾がリブ仕上げのG-9はスイングトップと呼ばれた。その「スイング」はゴルフスイングを指す。そして、その裾のリブを廃したものがG-4だ。G-4の別名はドライビングコート。つまり運転するには裾のリブは不要であるということだ。

 

 

このような服飾史的な発展を自力で発見し仕立てた彼のジャケットを塗るのは楽しみだった。指定色は黒だ。果たして、どんな黒が良いのだろうか。

 

「黒をどんなふうに取り扱うか」というトピックに関してはすでに私の中で結論が出ている。それは高校生の頃に見た、テレビ番組で「13色の黒を使う画家」というタイトルで放送された回を見ていたからだ。黒は、一色ではない。ましてや青みを足せばいいとか、赤みを足せばいいというわけでもない。「黒は慎重に考える必要がある」では、どうしたら良いのだろうか。

 

パンツの紫色を見ながら、私は肌色の下地を何色にするか、悩んでいた。私は水色や黄緑を使うことが多い。「今日は、黄緑だな」そう思ったときに、急に気づく。「パンツの紫と、黄緑は補色、少なくとも反対色だ」。私の見る世界は急に変わることになる。

 

 

そもそも、水色や黄緑を肌の下地に使うことには「コントロールカラー」というメイク用品の概念を取り入れたかったからだ。それはやがて補色対比のような役割を期待するように変化して行く。

 

「コントロールカラー」は肌の悩みに対して使われるものだ。反対色のクリームを用いることで肌の透明感を損なうことなく、悩みを解消するのが狙いである。なので、調べてみると「厚化粧にならずに肌の赤みを抑えたりすることができる」みたいな話も出てくる。ここでいう”透明感”とは文字通り「透き通った感じ」そのもの。なので、多くの色を塗り重ねすぎると失われて行く。この辺の理屈は「塗装面に載った様々な塗料の粒が色を吸収し過ぎて濁ってしまう」みたいな話になる。

 

対比のロジックは頭の中に入っている。紫の補色や反対色は黄緑である。黒に自然と黄緑を混ぜ、塗装が始まる。補色や反対色は、互いをより明るく、より暗く見せる効果がある。

 

 

感覚に理論がついてきて、理論が感覚を確かなものにする助けになる。まるで、ギターのコード進行や、ラッパーの韻やフロウと言ったものが身体にはっきりとしみ込んだ感じ。

 

影の色は、ハイライトの色はどうすればよいのだろう。いったい、どれくらいの精度でこの気づきを適用すればよいのだろう。そう思うとクラクラしだす。ブーツの黒に、茶色を混ぜたあたりで「ああ、さらに発展したな」と感づいた。スプリットコンプリメンタリー配色だ。厳密な補色を使わずに、好みで黄緑を塗っていて、ラッキーだった。感覚が理論で補強されて、力強く推進するための助けになる。面白すぎる。

 

あまりにも楽し過ぎたこの時間は、最高のパイロットの出来上がりをもって終わりを告げた。果たしてこのような配色テクニックを筋道を立ててから狙って行く必要があるだろうか。私にはわからない。「感覚を理論が補強している」という感じからすると、あくまでも後からついてくるものなのかもしれない。それにしても積極的に「要所要所を色で引き締めて行く感覚」は、リズムをキープするような楽しさがあって、気分がよかった。

 

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