Re:11colors

毎週水曜日更新(2024年6月現在)。模型、日常。面白いことあれば他の日も

手紙を書く葛藤について。「赤を張って、ブルー」を観に行った。

 

「ウケるのは大事だよな!」

これは「赤を張って、ブルー」という4つの短編からなる演劇の最終話「青」で出てくるセリフだ。といっても台本がないので、正確な表記ではないと思う。登場人物の一人である栗山 小鳥さんがこの一言を放っていた。

何においてウケるっていうのは大事だと話していたのかというと、彼女の職業であるタトゥーアーティストを始めるきっかけになった人への手紙のことだ。手紙においてウケるというのは僕も大事だと思う。

 

 

昔、店員をしていたころに隣の店の女の子が退職するということで、最終日に手紙をくれた。「話しかけにくかったです」という一言で始まる不思議な手紙だった。そして、最後まで「でも、今は話しやすいです」という言葉はなく終わった。そのせいで、いまだに彼女の顔も名前も覚えているし、当時の売り場の様子もはっきりと思い出せる。彼女からの手紙は、私にとってウケるものだったんだと思う。

そう思うとウケるというのは、笑わせるだけじゃない、何か心が動かされるものだと解釈ができる。たまたまその象徴として「笑い」があるだけで、他にも「泣く」でもいいと思う。もっと些細な微妙なニュアンスの感情もある。それが動かされるものがあればウケたといえるのではないか。

 

 

赤を張って、ブルーでは「手紙を書いても、何にもならないんじゃないか」という葛藤が栗山小鳥さんにはあった。これはいざ手紙を書こうと思うと本当によくわかる。「何にもならないんじゃないか」というのは、気恥ずかしさや、自分なんてといった気持ちからくるものだと思う。

よくわかったのは手紙を書いてその日に持っていったからだ。栗山小鳥を演じる、沈ゆうこさん宛てに。確かに前日、栗山小鳥とまったく同じ葛藤があった。今日までのいろいろなことを書く意味、あるのか。ないな。面白いユーモアいるか? いらないな。そもそも手紙いるか。ううむ。みたいな。

そんな時間にじっくりと向き合っていると、そもそも彼女は今日の今日まで何をやっていて、それは彼女にとってどういうことなのだろう。自分にもかつてそういうことがあったんじゃないか。そのとき、何を言われてグッと来たのだろうと考える良い時間へなっていった。

その影響で、最終話で手紙を書くかどうか悩んでいる姿とウケるのは大事と言って手紙を書き始める姿が妙にリアルに感じてとても楽しく見ることができた。俺は演劇を見に行く機会は少ないし、なんか今はすごい忙しいので当分なさそうだけど、治安の悪い恰好で見にいったら治安の悪い話だったり、本を読みながら会場へ向かったらタップリと本が積まれたセットの舞台だったりとか妙に立体感がある観賞経験になることが続いている。

 

 

手紙を書くことについては「自分にピッタリな手紙の書き方」があればなんて楽なことだろうと思う。ただ、そんなものはない。しかし、「手紙を書くときの葛藤」というのは一話の短編が持つくらいの重みと共感があるようだ。なので「みんな悩む」ということだけは確かな気がする。だって、目の前で演じられる葛藤は確かに私の心の中にあったから。悩みながら書こう、なんて言える立場じゃないけど相手のことを考えてみて、たまにその感情が自分に裏返ってきて……なんて悩みながら書くと良いかもしれない。

 

だって「話しかけにくかったです」の手紙、忘れられない。多分、悩みながら書いたんだと思う。「独特のムードが」とかいろいろ書いてあって、俺にまで手紙を渡してくれてありがとうございますって当時は思ってた。その数年後「手紙をみんなに渡しててまじめな人だったよね」って当時の仕事仲間と話したら「え?」「なんすかそれ」「もらってないですよ」「なにしてんすか」って言われてびっくりしたのも合わせて、とにかく印象深い出来事だった。

 

「良かったです」なんて返事が来るわけでもないので、ウケたかどうかはわからない。ただ、書くなら何年たっても忘れられない手紙、書きたいっすね。

 

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